2005年12月09日
■空と陸。輝くアメリカンドリーム☆
12月4日、静岡県浜松市にて『モータースポーツの魅力』というトークショーが行われました。

ゲストは、今年から『AMAオートバイ全米選手権』に参戦している民辻啓選手。
日本人でただ一人、『リノ・エアレース』で活躍しているトニー比嘉選手。
主に、エアレースとバイクレースを撮るフォトグラファーの桜井健雄さん。
そして、司会は『旅とレース』をテーマに活動している女性モーターサイクルジャーナリストの小林ゆきさん。

今回は「なぜ、エアレース?」と感じた方もいるとは思いますが、実はロードレースとエアレースは、とても共通している部分があるんです。
それは、バイクと飛行機というマシンと一体化し、果てしないスピードを追い求める姿です。
私も今回の取材で、初めてエアレースについて知ったことがたくさんありますが、大変興味深いものとなりました。
マシンと人間との関わり合いと、速いものへの憧れ、そこで生まれる新しいドラマこそモータースポーツの魅力なのだと思います。

『リノ・エアレース』。
耳にした事があるという方は多いと思いますが、日本ではまだ馴染みの薄いレースかもしれません。
そう。それは世界で唯一、アメリカのネバダ州リノで行われる42年の歴史をもった、アメリカではとてもメジャーなモータースポーツ。
地上わずか15mの空中にある3次元のオーバルコースで競いあう、時として時速800キロを超える世界最速のレースなんです。
これはもう、飛行機好きだけではなく、モータースポーツファンにはたまらないレースなのではないでしょうか。
「リノ・エアレース」レポート
http://www1.suzuki.co.jp/motor/reno_air_races/index.html
沖縄県出身のトニー比嘉選手は、小学時代、空に飛んでいる航空機を見て「どうして、あのような物が飛ぶんだろう?」と興味を持ち、毎日眺めていたんですって。
その頃は、ラジコン飛行機に夢を託して飛ばしていたそうですよ!
1979年、就職問題で揺れていた時期に「アメリカの航空界のあるべき姿を知りたい。そこで本物のリノ・エアレースを見たい!」といった熱い気持ちだけで、一人、アメリカに渡ったと言います。
そこで、本物を見て大きなカルチャーショックを受けたと共に「自分も出たい!」と強く思い、夢を叶える為、アメリカに永住を決意。
そこから、彼の戦いは始まったんですね。
まずは生活をするためにさまざまな仕事をし、その合間に飛行場を探しては「安い給料でも構わないので使ってください。」と何件もまわったそうです。
そこで、あるオーナーさんと出会い、航空整備士として一歩を踏み出したのです。
トニー選手の凄いところは、25年間、目標を失わずに突き進んできたことだと、私は思います。
「もちろん、焦りも少しはありました。でも、続けていれば夢は必ず叶うと信じていました。」
トニー選手の夢を信じ続ける、その精神力の強さは偉大です!
エアレースには飛行機を買ってそのまま参戦する人が多い中で、トニー選手はご自身で飛行機を作り上げ、整備も行っているんですよ!
中古の部品を組み合わせて、自分に合ったカスタムを施し、現在も少しずつ改造中だとか。
そうそう。トニー選手の飛行機は『タンゴタンゴ』という愛称で、とっても親しみやすいかわいいお名前なんです(゜▽゜)b
正式名称は『180TT』。180はエンジンの馬力で、TTは、奥様のたまきさんとトニー選手の頭文字。
通信の世界では、アルファベットを言う時に決まりがあって、そこから『タンゴタンゴ』というネーミングにしたそうです。
一方、民辻啓選手は、現在『AMAのスーパーストック1000ccクラス』にオートリメッサレーシングチームで参戦しています。
AMAとは、アメリカ国内最高峰のバイクレースで、日本でいう全日本ロードレース選手権にあたるものです。
子供の頃、バイク雑誌に載っていた真っ黒の『GSX−R』に魅了された彼は、「かっこいい!いつかは、これに乗って走りたい!」と願い続けていた、いわゆる『スズキチルドレン』なのです!
高校生になるとすぐに免許を取得し、地元の奈良県から『8時間耐久レース』を見るためにバイクで向かったそうです。
レースを目の当たりにして、レースに出たいという気持ちも大きくなっていったようですね。
今では、「小さい頃からの憧れだった『GSX−R』に乗れて本当に幸せなんです。」
って、子供のような笑顔で言うんですよ(=´∇`=)
なんと言ったらいいのでしょう。
彼の回りには、ゆっくりとした暖かい空気が流れているのを私は感じました。
話し方も雰囲気も、とても穏やかで、レースの世界で彼のようなタイプは珍しいのではないでしょうか?
「ギラギラした人が多い中で、みんなそんなに頑張らなくてもって思ってしまいます。平和主義なんですよ〜。」
と、話してくれた民辻選手は、まさに『癒し系』!
アメリカに渡ったきっかけは、海外で行われている『GSX−Rカップファイナル』に出場した際、納得のいく走りができなかったこと。
そして、アメリカのコースで腕を磨くことを決意したそうです。
AMAのエントリーナンバーは『511』。
本当は、アメリカの野球界で活躍するイチロー選手の51番が希望だったのですが、初年度は3桁と決まっていたそうです。
511か、151・・・。
「覚えやすい、ファイブイレブンにしました!」とのことです(笑)
実は、トークショーの後、民辻選手にご協力頂いて「トニー選手にあることに挑戦してもらおう!」という企画が用意されていました。
この内容は、次号でお伝えしますので首を長〜くして待っていて下さいね〜♪
それは、バイクと飛行機というマシンと一体化し、果てしないスピードを追い求める姿です。
私も今回の取材で、初めてエアレースについて知ったことがたくさんありますが、大変興味深いものとなりました。
マシンと人間との関わり合いと、速いものへの憧れ、そこで生まれる新しいドラマこそモータースポーツの魅力なのだと思います。

『リノ・エアレース』。
耳にした事があるという方は多いと思いますが、日本ではまだ馴染みの薄いレースかもしれません。
そう。それは世界で唯一、アメリカのネバダ州リノで行われる42年の歴史をもった、アメリカではとてもメジャーなモータースポーツ。
地上わずか15mの空中にある3次元のオーバルコースで競いあう、時として時速800キロを超える世界最速のレースなんです。
これはもう、飛行機好きだけではなく、モータースポーツファンにはたまらないレースなのではないでしょうか。
「リノ・エアレース」レポート
http://www1.suzuki.co.jp/motor/reno_air_races/index.html
沖縄県出身のトニー比嘉選手は、小学時代、空に飛んでいる航空機を見て「どうして、あのような物が飛ぶんだろう?」と興味を持ち、毎日眺めていたんですって。その頃は、ラジコン飛行機に夢を託して飛ばしていたそうですよ!
1979年、就職問題で揺れていた時期に「アメリカの航空界のあるべき姿を知りたい。そこで本物のリノ・エアレースを見たい!」といった熱い気持ちだけで、一人、アメリカに渡ったと言います。
そこで、本物を見て大きなカルチャーショックを受けたと共に「自分も出たい!」と強く思い、夢を叶える為、アメリカに永住を決意。
そこから、彼の戦いは始まったんですね。
まずは生活をするためにさまざまな仕事をし、その合間に飛行場を探しては「安い給料でも構わないので使ってください。」と何件もまわったそうです。
そこで、あるオーナーさんと出会い、航空整備士として一歩を踏み出したのです。
トニー選手の凄いところは、25年間、目標を失わずに突き進んできたことだと、私は思います。
「もちろん、焦りも少しはありました。でも、続けていれば夢は必ず叶うと信じていました。」
トニー選手の夢を信じ続ける、その精神力の強さは偉大です!
エアレースには飛行機を買ってそのまま参戦する人が多い中で、トニー選手はご自身で飛行機を作り上げ、整備も行っているんですよ!中古の部品を組み合わせて、自分に合ったカスタムを施し、現在も少しずつ改造中だとか。
そうそう。トニー選手の飛行機は『タンゴタンゴ』という愛称で、とっても親しみやすいかわいいお名前なんです(゜▽゜)b
正式名称は『180TT』。180はエンジンの馬力で、TTは、奥様のたまきさんとトニー選手の頭文字。
通信の世界では、アルファベットを言う時に決まりがあって、そこから『タンゴタンゴ』というネーミングにしたそうです。
一方、民辻啓選手は、現在『AMAのスーパーストック1000ccクラス』にオートリメッサレーシングチームで参戦しています。AMAとは、アメリカ国内最高峰のバイクレースで、日本でいう全日本ロードレース選手権にあたるものです。
子供の頃、バイク雑誌に載っていた真っ黒の『GSX−R』に魅了された彼は、「かっこいい!いつかは、これに乗って走りたい!」と願い続けていた、いわゆる『スズキチルドレン』なのです!
高校生になるとすぐに免許を取得し、地元の奈良県から『8時間耐久レース』を見るためにバイクで向かったそうです。
レースを目の当たりにして、レースに出たいという気持ちも大きくなっていったようですね。
今では、「小さい頃からの憧れだった『GSX−R』に乗れて本当に幸せなんです。」
って、子供のような笑顔で言うんですよ(=´∇`=)
なんと言ったらいいのでしょう。
彼の回りには、ゆっくりとした暖かい空気が流れているのを私は感じました。
話し方も雰囲気も、とても穏やかで、レースの世界で彼のようなタイプは珍しいのではないでしょうか?
「ギラギラした人が多い中で、みんなそんなに頑張らなくてもって思ってしまいます。平和主義なんですよ〜。」
と、話してくれた民辻選手は、まさに『癒し系』!
アメリカに渡ったきっかけは、海外で行われている『GSX−Rカップファイナル』に出場した際、納得のいく走りができなかったこと。
そして、アメリカのコースで腕を磨くことを決意したそうです。
AMAのエントリーナンバーは『511』。
本当は、アメリカの野球界で活躍するイチロー選手の51番が希望だったのですが、初年度は3桁と決まっていたそうです。
511か、151・・・。
「覚えやすい、ファイブイレブンにしました!」とのことです(笑)
実は、トークショーの後、民辻選手にご協力頂いて「トニー選手にあることに挑戦してもらおう!」という企画が用意されていました。
この内容は、次号でお伝えしますので首を長〜くして待っていて下さいね〜♪
Posted by chikako at 09:31
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